【講演】荻須の世界(津島ロータリークラブ)


20120803_tsushima_1.JPG稲沢市荻須記念美術館 館長 山田美佐子氏

稲沢市荻須記念美術館は昭和58年に開館し、平成25年に開館30周年を迎えます。荻須高徳の世界唯一の記念館として、調査・研究、作品の収集・保存、展示、教育普及を行っており、平成8年には荻須がパリで使っておりましたアトリエを復元し、制作の場をご覧いただけるようになりました。
荻須は1901年に稲沢市に生まれ、1916年に愛知県立第三中学校(現在の津島高校)に入学し、卒業する1921年の3月まで、稲沢市の井堀に住んでいました。上京して東京美術学校(現在の東京藝術大学)で小磯良平らとともに藤島武二教室で学びました。卒業後はパリに渡り、サロン入選、個展開催と、画家として順調に歩みを進め、スイスの美術収集家バッサンジェ氏などの支援者や、俳優アリ・ボールなどの友人たちとの交流も深まりましたが、第二次世界大戦が始まり、帰国を余儀なくされました。戦後は日本人画家として初めてパリに渡り、再び画家としてのみならず、日仏文化の交流にも力を尽くしました。1965年には17年ぶりに稲沢へ戻り、この頃母校の津島高校で講演を行ったようです。若い頃は自転車に絵具箱をくくりつけ、晩年は車で制作の場へ赴き、生涯一貫して描き続けた画家でした。亡くなった1986年に文化勲章を受章し、今はパリ、モンマルトル墓地に美代子夫人とともに眠っています。
荻須はパリの裏街を多く描き、パリの画家として親しまれましたが、当館では平成19年度にヴェネツィアを描いた100号の大作を購入したことを契機に再研究し、ヴェネツィアがパリに並ぶ重要なテーマであることを検証しました。これは作品収集と調査研究が一つの環を成した好例でした。私は、荻須の描いたパリ、ヴェネツィアの現地調査を行う中で、荻須は風景や建物を描いてそこに住む人々の魂を抽出して私たちに伝えようとしたと実感することができました。皆様もぜひ稲沢市荻須記念美術館に御来館いただき、荻須が伝えようとした世界を感じていただければ幸いです。

LinkIcon詳しくは、津島ロータリークラブまで