【講演】あなたが宇宙人になる前に~ライフプランの勧め~(名古屋昭和ロータリークラブ)

20120723_nagoyasyowa_1.JPG弁護士 熊野紗織様

最近、遺言(いごん)についての関心が高まっています。平成23年度の公正証書遺言の作成件数は、全国で8万件でした。毎年右肩上がりに増加しています。単純計算すると毎日200人以上の方が遺言を作成されているという事になります。遺言というのは、自分が亡くなった後の希望を死後に伝えるというものですが、その前の段階、自分が亡くなる直前にどのように生きたいか、どのように生活したいかについて、誰かに伝えようと思われたことはございますか。
これから4つの質問をしますので、考えてみてください。
第1問「自分で身の周りの事ができなくなった時、自宅での生活を望みますか、それとも施設での生活を望みますか?」
第2問「瀕死状態になったとき、少しでも長生きをしたいために延命治療を望みますか、それとも自然に亡くなることを望みますか?」
第3問「ご自分の会社をどなたに継がせようと思っていますか?」
第4問「これまで考えて頂いた3つの質問について、ご自分以外でご自分の気持ちを把握されている方はいらっしゃいますか?」
この4つの質問の内で考えた事がないものが1つでもございましたら、本日の話を参考にして頂いて、老後に備えて頂ければと思います。
本日は、判断能力の低下によって自分自身で判断ができなくなった状態を宇宙人に例え、宇宙人になる前に備えるべきライフプランの必要性とそのツール(道具)についてお話します。
レジュメの「1.意外と沢山の人が認知症になっている」にあるグラフ「認知症の人の数」は、認知症の人の数と将来の予想を表しています。2010年では2,519,000人となっていて、今後もどんどん増加が見込まれています。グラフ「年齢別の認知症割合」を見ますと、85歳以上では27.3%の方が認知症を発症しておられ、4人に1人という事になります。しかし、これらのデータをご覧になっても「自分は大丈夫」と思っている方が多数だと思います。
ここで私のおばあさんの話をさせてください。私のおばあさんは既に亡くなってしまったのですが、「自分は大丈夫だ」と思っていた一人だと思います。自分の事は自分でやるという性格で、家族の誰にも頼らずに、若い頃に旦那さんを亡くしたのですが、3人の子供を一人で育てました。
ところがおばあさんが72歳の時、突然脳梗塞を発症してしまいまして、そのまま救急車で搬送されて入院してしまいました。幸運にも一命はとりとめたのですが、後遺症で言語障害が残りました。思いはあるのに言葉が出てこない。私達もその思いを受け取りたいのですが、何をしてほしいのかが分からない、というもどかしい時間が過ぎまして、おばあさんに会いに行くたびにおばあさんもイライラするし、私達もイライラしてしまうということで、お見舞いに行く機会がどんどん減っていったというのが実情でした。それと、入院をすると動かなくなりますので、どんどん認知症が進んでいきます。おばあさんは自宅が好きだったのですが、自宅に戻ることができずに施設に入りまして、そのまま亡くなりました。
■ライフプランの必要性
認知症というのは脳の病気です。単なる物忘れとは違います。脳の細胞が死んでしまったり、働きが悪くなったために様々な障害が起こり、およそ6ヶ月以上継続して生活上の支障が出ている状態を指します。
認知症を発症すると日常生活に支障が出てきます。買物をして食事を作るなど、生活をするために必要な事ができなくなり、各種保険料やライフライン(電気、ガス、水道)等の生きていくために必要な最低限の支払いが滞ります。自分が忘れているという事を忘れているため、本人には自分が何に困っているのかが分からない事も多いのです。分からないから周りが自分を騙しているのだと考えて、他の人が支援しようと思っても自分を陥れているのだと解釈してしまい、支援の手を拒絶するという事もあります。
そのために、認知症になる前に、認知症になった時に備えてご自分の希望するライフプランを考えておく、という事が必要になります。
レジュメの「2.与える福祉から選ぶ福祉へ」をご覧ください。以前の高齢者に対する制度というのは、高齢者を保護しようという立場から、行政が必要性を判断して必要な福祉サービスを与えるという「与える福祉」でした。それが平成12年の「社会福祉基礎構造改革」によって利用者の立場に立った社会福祉制度の構築という理念のもとに、高齢者にも主体性を求めるということで、福祉サービス制度を契約化しようということになりました。つまり、自分が選んで福祉サービスの提供を受ける「選ぶ福祉」になってきました。これによって様々な福祉サービスの中から自分の希望に沿ったものを選らばなければならなくなりました。福祉サービスと一言でいっても、それは財産管理や生活支援からはじまって、自分の希望に沿ったものを選ばなくてはなりません。
一例として、住まいに関する福祉サービスについて取り上げて、どれだけ選択の幅があるのかをお話します。
高齢者の住まいに関する選択としては、自宅、高齢者用住宅、高齢者用施設の3つがあります。自宅の場合、色々なサービスの提供を受ける必要があります。例えば、自分で身の回りの事ができなくなっていますので、食事やお風呂といった身の回りの世話をしてくれる福祉施設へ通い、デイサービスやショートステイのサービスを受ける事がまず考えられます。この他にも何かあったら対応してくれる24時間定期巡回サービス、随時対応サービスというものもあります。
施設に行くのではなく、なるべく自宅で過ごしたいという方には、配食サービスや家事のサポートを入れることも考えられます。また、転ぶ事が多くなったら自宅をバリアフリー化しなくてはいけないかもしれません。最後まで自宅で過ごしたいと思われれば、24時間家政婦さんを入れるということも考えられますが、これは介護保険の対象外のサービスになりますので、高齢者住宅や高齢者用施設よりお金がかかってしまいます。
次に、高齢者用住宅に入居しようと考えた場合、高齢者用住宅というのは高齢者が住むように設計された住宅ですので単なる賃貸借契約を結ぶ事になります。介護サービスを入れよと思えば、自宅と同じように新たに介護サービスを入れなくてはなりません。
一方、高齢者用施設というのは、介護付きの高齢者用施設という事になりますので、入居契約の時に介護サービスも全部契約をしてしまいます。ですから入居契約さえすればあとは勝手にやってくれるというサービスになります。この種類も幾つかありますから、その中から自分に合ったものを選んでいくことが必要になります。
住まいだけでもこのような選択肢から選ばなくてはなりません。今のうちに色々判断をしておくことが必要です。
■ライフプランの実施
では、そうした事をどのように実施したらよいのかという事になります。レジュメの裏「3.自分らしく生きるために―ライフプランの実施」というところをご覧ください。これから考えておくべき項目についてお話します。
①「財産管理、生活支援」。判断能力が低下してしまいますと日常的な支払いや、サポートなしでの生活ができなくなりますので、自分の財産を誰に管理してほしいのか、管理を何時から始めてほしいのか、判断能力がなくなった後なのか今なのか、という判断が必要になります。また、その使途についても考えて頂きたいと思います。
②「延命治療等」。これは終末期医療という事でよくいわれますが、呼吸が止まった際には酸素マスクや人工呼吸器を入れてほしいのか等、自分はそのまま死にたいのか、それとも最後まで延命治療をしてほしいのか、という事を考えて頂きたいと思います。
③「死後の事務」。これが一番問題になります。葬儀の方法、費用です。これは相続人間でよく争いになります。葬儀はどのようにしてほしいのか事前に教えておいて頂けると、これがご本人の意向だから、と通しやすくなります。あと墳墓の埋葬、祭祀です。お墓は用意されていますか。最近お墓を用意するというのも流行っていますので、この辺も考えておかれるといいかと思います。
④「財産の承継」。ご自分の財産を誰に承継させるのか、ということです。「将来に不安のある家族」という項目は、例えば自分が先に亡くなってしまった場合、配偶者の方がどうやって生きていくのかという事が問題になります。また、例えば浪費癖のある息子がいるとか、そういう方がいらっしゃいましたら、遺言で一度に財産をあげてしまうと使ってしまって破産してしまうということになりますので、一定の金額ずつ渡すという方法も考えられます。
⑤「基礎情報」。忘れてもらっては困るのが基礎情報ということです。自分の事は自分では分かっているのですが、周りの人には全く分かりません。自分の履歴や、親族、友人、現在受けている治療や資産状況等、書き残しておく事が必要です。
では、どうやって残せばよいのか、これはまず自分でやってみるというのが一つの方法です。もう一つの方法は専門家に依頼する事です。まだそこまで本格的にやりたくないという方は、自分で始めることをお勧めしています。
今挙げた項目について大学ノートに書いていただくだけでかまいませんが、最近はエンディングノートというものが売られています。映画にもなって流行っているようですが、情報をチェック項目で記載するような形になっていますので、それを使えば簡単に残すことができます。ただ留意点としては、希望というのはどんどん変わっていきますので、毎年少しずつ書き換えて頂く事が必要です。
二つ目の専門家に依頼というのは、今、ホームロイヤーというのを推奨しています。会社の顧問弁護士の個人版という事になります。ただ単にエンディングノートを残すだけでは法的な拘束力がありませんので、専門家に依頼されて財産管理契約、任意後見契約、公正証書遺言の形で残しておいて頂けると、これが法的拘束力を発揮します。確実に残したいとお思いになった際には、専門家であるホームロイヤーに依頼してライフプランノートというものを作成して頂ければと思います。宇宙人になる前に、自分らしい生き方を考えてみてください。

LinkIcon詳しくは、名古屋昭和ロータリークラブまで